可視光通信…菓子交通神?お菓子と交通の神じゃないって

可視光通信とか眼や光にまつわるもろもろ

可視光通信と身体性

先日可視光通信の寄り合いで、2月に行われた、下記の可視光通信の実証実験のお話を聞く機会がありました。
光のマジカルクエスト in 阪急三番街北館〜ポン・デ・ライオンと宝探し

まあ、内部のシステムの詳細や、効果測定も上々とかいろいろ、説明ありましたが、詳細は差し支えあるかもしれんので省くとして、非常に興味深かったのが、実験参加いただいた方に行ったアンケートの結果で、

「面白かった点」の一位が、「光で情報をキャッチするところ」 ってものでした。

ひねた耳年増の技術屋から見ると、可視光に情報が載せるって、「はあ? 何が? LEDの応答速度はμs、ns オーダーだから、あたりまえに変調できるじゃん? 
 つうか、ありものの赤外通信から可視域に、周波数ちと変えただけすけど・・・」てなっもんです。 まったく、感慨はないのです。


でも、一般のユーザ目線でみると、
「おお、(目に見える)光に情報が乗っている!!」
という感動、何か新たな体験になるようなんですね。

そういえば、ある小さな展示会に試作をちょっと出したこともあるのですが、そのときも、来場された方のセリフで面白かったのが、
「え? 可視光通信? ちょ、ちょ、何で、電波でも赤外でもないのに、データが載るの?」 っておっしゃった人がいました。そういう驚きを、基本として与えられる技術なんだな〜とそのときも思いました。

可視光通信にかかわってる我々って、「可視光であることの必然性がある通信応用」でなければ、キラーアプリにあらず。ビジネスモデルだ、アプリケーションだ・・・ というような脅迫観念”だけ”に追われています。
(もちろん、これ、きわめて、超々重要な課題。)


でも、今回、反省というか再認識したのですが、
便利とか効率とかはさておき、可視光で通信するという情報伝送の行為自体が、驚き、喜びをもつ媒体なのではないかと。

やっぱり、「可視」光は、電波や赤外線と違って、
自分の体で確かに感じている」エネルギーだということが大きいですよね。

なんというか、私たちはデータを伝え合いたい訳でなく、情を報せたいわけですからね。身体性とメディア(この場合は、通信媒体)の関係をなめてはいけないと思います。



だから、さらにさらに、「イメージセンサ通信」だと、目(カメラ)の景色と多数の光信号の位置把握が完全に一致します。
さらに一枚、深いユーザ体験を重ねることができるんじゃないかなと。
自信を深めている毎日です。・・・・ だから、早くね、やらなくちゃ。アレとか、アレとか・・・・